君の中の君を無視すること

「俺はそういうの偏見ないからさ」


とは、後輩が同性愛者だと公言したことについて、先輩が言った言葉である。


私はこれを大変恐ろしく思った。


後輩は入職初日に私とうどんを食べながら自分は同性愛者で恋人と同棲しているということを私にカミングアウトしてきた。今思えば、ほぼ初対面で同い年の人間がそういうことを急に聞いてドン引きしたり差別的発言をしたりする可能性をまったく考えなかったのかあいつは。もしくは、考えた上でそれでもいいから誰かに言っておきたかったのか。今更聞くことでもないのでスルーしている。


「へ…へぇ……」


なるべく平静を装ったつもりだった。

私は小学六年生の時点でBLに手を出し、少年漫画の行間をあらぬ方向に深読みしまくり、非実在男性同士の色恋を応援してきた大人である。

当然自分は同性愛に偏見はないと思っていた。

しかし、後輩のカミングアウトの時はさすがにびびったし、少し付き合い方を考えようと思った。

同性愛の人は自分とは違うところに地雷が潜んでいるのではないか、という偏見があったからである。


例えば女性が好きな女性は「レズ」というと怒るらしい。なんでも「レズ」というのは性的にみられてるように感じたり、差別用語にあたるとか。

異性愛者が…なんて言われるのに近いんだ?想像がつかない。なので、なんで怒るか分からない。不意にご本人の前で「レズ」という言葉を使ってしまいそうだ…。


これは後に後輩に直で「同性愛者独特の地雷ってある?」と聞いた時に話してくれたことだが、「同性愛者に『異性を知っておいた方がいい』という人間がいる。そういう人間に対しては怒りを感じることはある」という。


あーそういうの私言っちゃいそう〜と思った。


例えば自分に息子ができて、思春期に突入して、急に「お母さん、ぼくはゲイかもしれない」と言われたとしよう。架空の息子が勘当される覚悟で言った言葉を、私は多分「ゲイって決めるんはまだ早いんと違うの」と切り捨てそう。


だって、後輩もその恋人も私も架空の息子もまだ人生の半分も生きていないのだ。

その中で同性しか、異性しか好きにならなかった!だから私は異性愛者だ、同性愛者だ、と決めるのは些か早計な気もする。


これから異性とか同性とかどうでもいいくらい好きな人に出会う可能性があると言うのに、「自分はこの性の人しか好きになれないから」と切り捨てるのは少しもったいない。

「あなたは誰を愛してもいい権利があるのに、なんで同性愛者だ異性愛者だと自分を決めつけてしまうの?まだゆっくりでいいんじゃない?」という思考のその結果、「異性を知っておいた方がいい」という言葉になってしまうかもしれない…。気をつけよう。


話題を戻す。

地雷の位置は人それぞれのはずなのに、同性愛者って独特の地雷ありそうとか、そういうことを考えるのはすでに偏見である。

自分は今まで神のようにすべてに公平だと思っていたが…そうでもないんだな…。後輩との出会いはかなりの衝撃であった。


異性愛者である(らしい)先輩は同性愛に対し偏見がないと仰った。

そう言い切る意図は分からない。自分にそう言い聞かせて、差別的発言で後輩を傷つけないという決意の表れかもしれないし、単に「気持ち悪い」と思わないことが偏見をもたないという意味になっているのかもしれない。

だけど、誰しもそれぞれの性愛に偏見はやっぱり少なからずあると思うのだ。


それを無視してしまったら、きっと善意で誰かを傷つけてしまう。


「私は…偏見ありますけどね。どうしても」


なので、先輩にこう返した。思ったより冷たい声が出たが、先輩がどう受け取ったかは知らないが、多分私が今出せる中では最善の返答だったような気はする。